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カテゴリ:切羽詰まってバンドマン!( 32 )

Jazz日記 in 本になるはずだった原稿/VOL.3.【横浜Jazz Promenadeを創り上げた男】

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【横浜JAZZ Promenadeを創り上げた男】
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俺のような神戸生まれの神戸育ちには「新しもの好き」が多くいる。

これまで見たことも聞いたこともないもの。

そういうものに触れると心躍り、心底ワクワクする。

過去に人がやったことの無い画期的な発想を実現することで人間は生きる喜びを感じるし、子どもたちに明るい未来を予感させることが出来る。

これを「文化」という。

澱んだ空気を打ち破るには世間様からバカ扱いされようが自分の考えを貫き通す強い心が要る。

これを「勇気」という。

一般の「常識人」には持ち得ない考え方や生き様には魅力を感じるし、憧れもする。

だが、その反面そういった一味ちがう独特の感性というものには危険な匂いが付きまとう。

この危険な匂いに魅力を感じるのが女性や子どもが多いのも理解できる。

明るい未来に憧れる女性や子どもの存在こそが「文化」を発展させてきた。

何故なら、女性や子どもが喜ぶ姿はただ見ているだけでも美しく思えるからである。

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さて!

俺が最も尊敬している心優しい男の話をしよう。

正しく「文化」を創り上げ、自分が正しいと思った考えを貫き通す「勇気」の持ち主だ。

「新しもの好き」の俺などは憧れしかない。

ただ...この話には悲しむべき事実も含まれている。

画期的で誰しもが歓びを感じる「文化」を「商売の種」としてしか感じない連中の存在が登場するからである。

歴史が物語っている通り、「文化」を台無しにするのが金儲け主義の悪党という流れはいつの世も同じだ。

ここからは直接、本人の語った言葉で書き記す。


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実はね最初に言っておくけど 俺はもう、日本での「ジャズ祭」に興味がないんだよ。  


俺はね『横浜JAZZ Promenade』に世界がやったことのない企画を持ち込んだんだよ。


それはネーミングにも入れ込んだ通り



「横浜→日本語/アジア」

「JAZZ→英語/アメリカ」

「Promnade→フランス語/ヨーロッパ」


要するに本当の意味での国際的なジャズ祭(音楽祭)を企画したんだよ。  


その内容は、デキシー、ニューオーリンズ、スイング、バップ、クール、フリー、インプロまで現在、演奏されているジャズ音楽を全て紹介する企画なんだよ。


それには日本はもとより、韓国からも、ヨーロッパからもアメリカからも、世界のジャズが一堂に集まったら俺たちはもちろんだけどミュージシャンだって楽しいだろ?  


そして、横浜でやる以上、横浜や日本のジャズ界に貢献してくれたと思えるミュージシャンたちは優先して出演してもらい、敬意を払ったんだ。

秋吉敏子、ジョージ川口、世良譲、松本英彦、鈴木章治、園田憲一さんたちだ。

彼らがいてこそ今の横浜のジャズがあったんだ。

そんなことをみんなにも知らせようと思ってもいたんだ。  


もう一つは『Mt.FUJIジャズ祭』のやり方が嫌いだった。

客にバーベキュウさせながらあれだけのミュージシャンに演奏させてるんだ。 BBQピクニックのBGMじゃあないだろ彼らは!!

もっともそのNHKから後年「プロムナードのプロデューサー」として 俺が放送文化賞(1998年)を取ることになるから皮肉なことだ。


今、思えばこの賞を貰ってイベントが軌道に乗り出した辺りから某店の社長さんたちの強い圧力が始まったのかもしれない。

『俺が事務局長だ、ばかやろう、プロデューサーがなんだってんだ』

『ジャズプロは俺が作ったんだ』と声高に言いだしたのもこの頃の気がする。


俺はそんな声など気にせずに、ニューヨークジャズ祭のプロデューサー・マークと組んでNYジャズ祭の3会場を借り受け「横浜ジャズプロinニューヨーク」を、そして、パリやローマ、などにイベントを打って行った。  


世界のプロデューサーたちの耳は確かだし、発想もユニークだし、とにかく未来を夢に見て企画をしてるところがスゴく協調できるところなんだよ、俺にとってはね。

海外から招聘するミュージシャンは全員彼らの国から旅費とギャラは出して貰った。  


初めの頃は大使館との交渉は大変だった。

しかし、すぐに、スイスが賛同し、オランダ、ドイツ、デンマーク、フランス、イタリア、カナダなどと続いた。
 
これで、外人は無料で出演する手はずがついたわけだ。




さて、次は秋吉さんだ。


秋吉さんを呼ぶに当たっては少しだけ事情があった。

このジャズプロの核になるミュージシャンが欲しかったのだ。

それは、俺にとって貞夫さんでも日野さんでもなかった。

もう、一捻(ひね)りしたかったのだ...


色々と考えた末に出てきた名前。

それが秋吉敏子さんだった。  

どこに居るのかも知らない、ほとんど日本では忘れ去られていたからだ。


すると「俺の兄が知ってる」というミュージシャンがいた。

立花泰彦だ。

兄が共同通信の文化部デスクでNY時代から秋吉さんと親しいという。  

紹介を受けて俺はエアジンの黒電話からニューヨークの番号を回したんだ。


『Hello.I speak TOSHIKO」』

直接電話に出たのが秋吉さんだった。

そりゃ興奮したさ!

伝説のピアニストだからねえ。


『実は今、横浜を舞台に大掛かりなジャズ祭を企画してます』

『秋吉さんたちが昔、ジャズは素敵よ~~~~とか言い残して 海外へいっちまったもんだから、 今の若い世代がジャズやりたくで右往左往してます。』


『それで、横浜市と手を組んでジャズ祭を企画してます。2年後です。』

『どうでしょうか、責任取ってくれますか?』


『あははは、うめもとさん。とっても嬉しいお誘いよ』


『ああ、良かった。で、お礼なんですが・・・』


俺は上限70万のギャラを想定していた。

それ以上ならこの計画はなくなる。


『うめもとさん、私、意外と高いのよ』

『でも、今回は無料で出演するわ。誘ってくれて本当にありがとう』


おおお、やった~~~!!

いいのか本当に???


『ただし、飛行機はファーストをホテルは一流を用意してね!』

日航のファーストは100万円を超える。

ギャラより高い交通費だ。(笑)  


結局、全日空と交渉しファーストを無料で出して貰った。

今思えばデタラメな交渉だった気がする。

気合勝ちだったのか?


そして...


次はクラシックの音楽会場が押さえられるのか?だった。


県民ホール、音楽堂、関内ホール、横浜イギリス館などなどだ・・・



           つづ



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by funky-ts-kr | 2018-12-28 21:25 | 切羽詰まってバンドマン! | Trackback | Comments(0)

Jazz日記 in 本になるはずだった原稿/VOL.1【アート・ブレイキーとのDUO】

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【アート・ブレイキーとのDUO】



夜中の1時過ぎに一本の電話があった。


六本木にあるライブハウス「ルート66」のオーナー近藤さんからであった。


『今津くん、今ねウチの店にアート・ブレイキーが来てるんだよ!』


『ええ!ブレイキーが?』


『ブレイキーだけじゃないよ、フレディ・ハバードも』


『フレディも?』


『カーティス・フラーも来てるし』


『ちょ、ちょっと、それじゃー』


『そう!ウォルター・デイビスJrもね、残念ながらテナーのベニー・ゴルソンはホテルに帰っちゃったけど、その他のメッセンジャーズのメ

ンバー全員が揃っているんだ、今津くんテナー持って来る?っていうか、絶対に来るよね?』


『絶対に行きます!それじゃ後で!』


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ガチャンと電話を切った俺は頭が真っ白な状態になったが(落ち着け!落ち着くんだ!)と楽器と免許証、それに財布をポケットにネジ込み車に乗り込んだ。


千葉の行徳から車を飛ばして高速に入り、高速を降りるまでアクセルは踏みっぱなし。


よく事故らなかったと思う。


店近くに路上駐車したまま店の前まで行った。


直ぐに店に入ればイイのにドアの前で足が止まってしまった。


この先にアート・ブレイキー達が居ると思っただけでなんだか気持ちが悪くなってきた。


会えることだけでも幸運なのにドアの前で立ち尽くしたまま動けなくなっているのだ。


(アカン!ちゃんとせんとアカン!)


自分が何の為にここに来たのか、それを理解した瞬間『ええい!ままよ!』と思いっ切りドアを押した。


思いの外、勢いが付いてしまったのか全開になったドアが何かにブチ当たって「ガシャン!」と鈍い音を立てた。


幸いなことに客席にまでは聞こえていなかったらしく、何事も起こらなかったがオーナーの近藤さんだけは俺に気づき、笑いながら『今津くん、ようこそ!』と近寄って来てくれた。


『はい!すっ飛ばして来ました』


『だよね、電話を掛けてから40分も掛かってないもんね』


いつもは、自宅から六本木の店まで1時間半から2時間は掛かるのだから、運転の下手な俺にとってはそれこそ命がけで猛スピードを出していたんだと思う。


『みんなスッカリ寛いじゃってね、これじゃセッションは期待できないから一緒に飲もうか』


『・・・・・・・・・・・・』


『どうしたの?みんなに今津くんを紹介するからこっちにおいでよ』


『はぁ・・・』


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俺は完全に肩透かしを喰らった気分になり、直ぐに近藤さんに付いて行く気にはなれなかった。


(違うな!これは違う!俺はブレイキー達とセッションが出来ると思たから楽器持って全速力で来たんや!)


(一緒に飲むて、向こうからしたら「こいつ誰やねん?」としか思わんはずや)


(こっちはサックス吹いてナンボやのに、酒飲みながら愛想笑いするだけて・・・)


(アホらし!それやったら帰るわ!)


俺に気を使ってくれた近藤さんの気持ちは解る。


でも、それと同時にアート・ブレイキーやメッセンジャーズの面々にも気を使ってのことだろう?


それは俺がアート・ブレイキー達と同じ席で酒を飲むことに喜びを感じ、良い思い出として満足すると思っているからだろう。


俺にはそこが気に食わなかった!


うまく言えないが、同じジャズ・ミュージシャン同士として話をするなら何の文句もない。


だが、俺だけが知っていて向こうは知らないなんて関係での交流なんて絶対に嫌だ。


19歳の頃、テナーの高見延彦さんに言われた『今津くん!ナベサダやヒノテルも僕たちと何の変わりもない無いことを忘れないようにね!


同じミュージシャン同士なんだから対等に演奏して対等に会話するのは当たり前のことなんやからね!』という言葉はそのまま俺自身の大物ミュージシャンに対する考え方となっていた。


少し話が逸れるが、自分より格上のミュージシャンと演奏する時には「遠慮なく喰い付かせて戴きます!ガブッ!とね」という気概が大切だと思う。


それは自分の存在を知って貰う為でもあり、表現者としての義務でもある。


例え未熟で下手くそであっても、持ちうる限りの力を発揮して戦いの精神で挑んでいくのが格上のミュージシャンに対しての礼儀だ。



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ブツブツ言いながらも、すでにケースからサックスを取り出していた俺の気持ちは決まっていた。


組み立て終えたサックスをストラップに掛け、ゆっくりと客席の方へ歩いて行った。


『近藤さん、一曲だけ吹かせて貰いますね』とだけ言うと、ステージの方へ。


ステージに立った俺は不思議なことに普段よりも落ち着いた気分になっていた。


そして、ゆっくりとスロー・ブルースを吹き出した。


目をつぶっていた俺の耳から話し声が消えた。


さっきまでの喧騒が急に「シーン」と静まり、俺のサックスの音だけが響いている。


比喩でよく「シーン」という言葉を使うが、その時は正しく俺の音以外は「シーン」という音がしていた。


目を固く閉じて吹いていたのだが、ふと目を開けたくなった。


(あまりにも静かすぎるしなぁ、ホンマに聴いてるんやろか?)


ゆっくり瞼を上げてみた。


俺の視線に入って来たのはデカい目を見開いたフレディ・ハバード。


身を乗り出してこっちを睨みつけている。


(うわわわー アカン!)


思わず目線をそらした俺を今度はカーティス・フラーが眉間に皺を寄せながら、鋭い眼差しで見つめていた。


すぐに目を閉じた俺はブルースのことだけ考えるようにした。


いくら恐ろしい目で睨まれても、例え『やめろ!下手くそ!』と罵声を浴びようと俺には確実に安心できるものがある。


それは...(まぁ、命までは取らんやろ!)


スロー・ブルースから4ビートのブルースにテンポを上げて演奏しだした。


しばらくすると、後ろでドラムの音がしてシンバル・レガートが俺のブルースにピッタリ合わせてきた。


後ろを見ると、渡辺文男さんだった。


(文男さんも来てたんや...)


俺は急にホッとして(これで少しは余裕を持って吹けるな、ありがたい)と思い、二人でオーソドックスなブルース演奏を楽しみ出した。



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ちょっとイイ感じになった時、急に文男さんの音が止んだ。


(なんやねんなぁー!なんで叩くの止めるんよ!)


(くっそー!また俺一人っきりになってしまうがな)と思うか思わないうちに、いきなり聴いたこともない太い音のシンバル・レガートが鳴

り始めた。


『ジャンジャカ!ジャンジャカ!ジャンジャカ!ジャンジャカ!』


『ズダダダン!ズダダダン!』『ンッチャ!ンッチャ!ンッチャ!』


すると、客席から大きな拍手と歓声が湧き上がった。


(なんや!なんや!何が起こったんや!)


思わず振り向くと、そこには大きな口から舌が丸見えになったアート・ブレイキーがいた。


(うわわわわー)


思いもよらない事態にドギマギしたが、挨拶だけはしないとマズいだろう。


だが、挨拶しようにもサックスを吹いているので何も言えない、取り敢えず深々と頭だけ下げた。


『ヘーイ!$R)Jn@ゴー!&F$』とか言っているのだが、よく聞こえない。


そんなことよりも「天下のアート・ブレイキー」が後ろでドラムを叩いている。


近くで見ることさえ中々できないのに、俺と一緒に演奏してくれているなんて。


信じられない事だが、紛れもない現実である。


今まで経験したことの無いドラム・サウンド。


そのアート・ブレイキーの叩き出すサウンドとは。


それまで俺が知っているドラム・サウンドは、何かが鳴ってる、例えばトップシンバルがあの辺りで鳴っていて、ハイハットがこの応りで鳴っていて、スネアドラムの音、タムの音、ベードラの音、それぞれが独立した感じで個別に聴き分けられるというものだった。


ところが、トップシンバル、ハイハット、スネアドラム、タム、ベードラ、そのすべてがミックスされ、一つの音の壁のようになってズン!と響いて来る。


オーケストラの打楽器パートが違う楽器を何人かで混ぜ合わせた厚みのある音の響き。



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俺はソロの終了を切っ掛けにブレイキーと4バースのチェイス(4小節ずつ交互にソロ演奏すること)を始めた。


レコードで馴染みのフレーズが出る度に客席からの拍手も大きくなっていく。


何回かのチェイスの後、俺の方を見て右手の親指で自分の胸を小刻みに叩いた。


俺はブレイキーの方に左手を大きく伸ばして(フリーソロですね、どうぞ!)と合図した。


たった一人で叩きまくるブレイキーは次々とお得意のフレーズを繰り出し、その度に客席を沸かせていく。


極め付きは「ナイアガラの滝」と称されたドラムロール、それに情熱的なアフロ・キューバン・リズムを叩き出した時だ。


勿論、シンバルを「シャーン!シャーン!シャーン!」と3回打ち鳴らす豪快技もこれでもかという位に披露してくれた。


これではジャズ・フェスティバルのステージと何の変わりもない。


このパワー全開のソロにフレディやカーティス・フラーも我を忘れたかのように満面の笑顔で大きな声援を送っていた。


ブレイキーの合図で俺が「ソニー・ムーン・フォー・トゥ」のテーマを吹き演奏は終了した。


俺はブレイキーの前に行って感謝の気持ちを伝えようとしたが言葉が出てこない。


するとブレイキーが俺の手を握りしめて握手する格好となった。


自分でも解るぐらい顔が真っ赤になっていく俺に一言、二言ブレイキーが何か言ったが緊張と興奮でサッパリ理解できなかった。



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おかしなもので、一緒に演奏している時は感情がうわずるとか緊張するとか余計なストレスなど感じなかったのに、いざステージを降りて改めてアート・ブレイキーの前に立つと変な震えや引き攣りで心も身体もバラバラになった感じがした。


『今津くん、ありがとう!デカい火を付けてくれたね!カウンターで飲もうか!』


『はい!』


楽器を置いて近藤さんの隣で飲み始めているとウォルター・ビショップJrがピアノを弾きだした。


『ハハハー!御大が叩いたもんだからメンバーも黙って飲んでられなくなっちゃったかな?』


結局、日が昇る頃までジャム・セッションは続いていました。


この話にはまだ続きがありまして。


記念すべきアート・ブレイキーとのDUO共演を果たしてから何日か経って「ルート66」に行った時のことでした。


近藤さんが『今津くん、カーティス・フラーが君のことを凄く褒めていたよ。


彼が言うには、あの若造は今の演奏スタイルのままあと7年頑張れば俺たちと同じ位置で演奏できるようになるだろうってさ。


つまり一流になる可能性は充分にあるってことだね!』


お世辞を言ってるんじゃないかと色々と聞いてみたが、近藤さんの話をじっくり聞いているうちにカーティス・フラーが本心から言ってくれた事がよく理解できた。


『有難うございます!』


『7年かぁ、今津くん今いくつだっけ?』


『26になったばかりです』


『ということは33歳には世界の一流どころと肩を並べるワケだ!凄いじゃん!楽しみだねぇー』


後にその時の話が多くのミュージシャンの知る所となり、事ある毎に『恐ろしかっただろ?』『怖くはなかったの?』と散々聞かれた。


恐ろしいとか、怖いとか、そういう心境じゃなかったのだけは確かだ。


ただ、もしもフレディ・ハバードやカーティス・フラーたちが冷たい薄笑いを浮べていたり、失笑されていたら、最悪だったと思う。


それだけでも、俺は幸運だったんだと思う。



実は、後年その夜の写真をネットで見たことがありましてね、写っていたのは渡辺文男さん、アート・ブレイキー、今津雅仁、近藤さん、近

藤さんの奥さん。


そして近藤さんが思い出深く短い文を書い添えていたように覚えています。


確か、現在はアメリカのロサンゼルス在住だとか。

   


           おわり



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by funky-ts-kr | 2018-12-10 13:57 | 切羽詰まってバンドマン! | Trackback | Comments(0)

Jazz日記 in 「切羽詰まってバンドマン!号外」より《なんで「切羽詰まってバンドマン!」なの?/前編》


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       切羽詰まってバンドマン!

         ----号外----

   《なんで「切羽詰まってバンドマン!」なの?/前編》 


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俺は、2011年から2016年にかけて足掛け5年間に渡ってメルマガを配信していた。



動機は…



振り返って思い出そうとしたが、人に語れるほどの深い動機なんて無かったと思う。



強いて言えば、作曲するのと同じで「心に溜まった有り余る想いを身体から出してしまいたい」という単純な欲望かな。



排泄行為に近いが、出てきたものが老廃物だけとは限らない。



「美しさに感動したものや悲しさに打ちひしがれたもの」



「寂しさ。切なさ。心の憂い。」




心に刻まれた胸の内には言葉では伝えきれない情感が渦巻いているものだ。




自分の力ではどうすることも出来ない膨れ上がった気持ちに耐えきれなくなり、音楽に助けを求める。




メロディにすることで激しく燃え盛っていた心が沈静して行く。



それを繰り返すことで何とか生き延びて来れたようなものだ。




厄介な話では有るが、他に方法がないのだから仕方がない。




余談になるが、「怒りや憎しみ」特に人を恨む気持ちや嫉妬心が作曲の動機になったことがない。




多分、そういった邪心には音に結びつく要素が含まれてないのでは無いかと思う。






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さて!



メルマガ配信の話に戻ろう。




先ず、最初に配信者に向けて、何項かの条件や資格が記されているのに気が付いた。




読み進んで行く内にひとつだけ引っ掛かる箇所があった。




それは…




発行元に申請希望をするにあたり『先ず、表題(タイトル)を明記する必要が有ります』という欄である。




これには困った。




(タイトル?タイトルねぇー)




(参ったなぁー自分が作った曲の名前も付けられないのに…)




実際、俺が作曲してレコーディングまでしているのに、収録された曲のタイトル、つまり曲名のほとんどはディレクターの某氏が付けていたのだ。




というのも、作曲に関しては、自分自身の欲望のはけ口だから作り終えた時点で充分すぎるほど満ち足りた気持ちで一杯になる。






そう!達成感!




この物事を成し遂げた満足感だけが残り、(俺はなんて幸せ者なんだろう!)ただただ、その幸福感に浸ることが出来るのである。





そして、それと同時に(もう何もしたくない!)どころか(何も考えたくない!)ただ寝転んでボーっとしていたいという欲望に駆られる。




それはそうだろう。




曲を作るなんて、簡単に思う人もいるかも知れないが、三日三晩ピアノに向かい続けるなんてのは当たり前。




気力、活力に精神力を総動員して音楽と立ち向かう訳であるから、膨大なエネルギーが消耗されて心身ともに疲れ果てて当然だろう。




そんな状態の人間にですよ



『曲を作れたことに対しては褒めてやる!さぁ、それでは出来上がった曲にピッタリの曲名を付けてみようじゃないか!』



なんて平気で言う人間など、この世の中にいる筈ないだろう。


と思いたいのが人情というものだ。



だが、悲しいことにビジネスの世界には人情などと云う
甘っちょろい戯言など皆無なのだと云うことが解った。




ところが、心優しきジャズ・ミュージシャンたちを扱うレコード会社(現在でいえば、CD制作、販売、及び著作権など諸々に関する事業をする企業)までもが、ビジネス世界に属していたとは思いもしなかった。





俺が専属契約をしていた「FUNHOUSE」にしても同類で「人情」や「憐れみ」が無いどころか、「そこまで謝るのなら許してあげようじゃないか!」という広い心さえ持ち合わせていないのだから驚く。








『ビジネスというものは厳格かつ過酷で甘えなど許されないのだ!』



『それが、責任ある社会人たる所以で、世間の常識人である以上、それに従わなけれなならない!』





そんなこと急に言われたって困るよね。



こっちにだって事情ってもんが有るわけですし。




そもそも、バンドマン一筋に楽器を吹き続けてきた俺に一般社会だとか世間の常識なんて解るはずないだろうが!








『相手みてモノ言えよ!!!』






         つづく








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by funky-ts-kr | 2018-03-17 15:46 | 切羽詰まってバンドマン! | Trackback | Comments(0)

Jazz日記 in 「切羽詰まってバンドマン!号外」より《学級委員長のどこが悪いの?/後編》


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       切羽詰まってバンドマン!

         ----号外----

      《学級委員長のどこが悪いの?/後編》 


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俺の存在を無視するかのように、目と鼻の先でオカンが同じクラスの女の子たちに寄り添って職員室の場所を尋ねている。




しばらくして、女の子たちに丁重な礼を言ってから、教えられた方角に向かって落ち着いた足取りで、ゆっくり歩き出した。





163センチと云う、母親の年代にしてはかなり高めの身長に、師範学校を主席卒業と云う自信から来る威風。




そして、華道、茶道、書道、3つの師範代というライセンスに裏打ちされた上品な身のこなし。




それに加えて、【私は、今津菊松の娘なのよ!!】という「お爺ちゃんの威光」が、充分な心の支えに成るらしく、ここ一番勝負に出る時には一切の恐怖心が無くなる。







まぁ、あの気品の漂う風貌と、洗練された佇まいを見たら、とても母子家庭の貧乏所帯とは思えんでしょうね。






『貧乏なんは仕方のないことやから別に恥ずかしい事でも何でもないのよ!ただ、貧乏くさいっていうのは論外よ!これは格好悪いし恥ずかしいことなのよ!』




オカンの口癖ですわ。




「貧乏くさい」というのを若い人たちに説明するとすれば…



「投げ銭」で客集めしてる下品な店に、平気な顔して『右や左の旦那様ぁ〜哀れな乞食にぃ〜お恵みを〜』っちゅーて客に小銭をせびってる連中みたいな奴らのことかな。



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家に帰ってきた俺をオカンは笑顔で迎えてくれた。




『学校の先生なんか皆一緒やからね・・・どんな生徒に対しても分け隔てなく平等に!とか、あれ大嘘やし。』




『・・・・・・・・・・・』




『でも、そんなことは別に悪い事でも何でも無いんよ。
先生も人間やねんから好き嫌いが有って当然でしょ?
人間、誰だって好み云うもんが有るからねぇ。仕方ないんよ。』




『・・・・・・・・・・・』




『地球が無くなっても、エコ贔屓や差別だけは無くならないしねぇ。
どうせ、差別されるんやったら贔屓される側に回ってた方が得よ!』




『・・・・・・・・・・・』




『2年生の時に担任やった米田先生みたいな根っからのド助平タイプは扱い易いんやけど・・・
3年生になってからの三船先生は女の先生やから、ちょっと心配してたのよ。
男の子の目立ちたがり屋を心底嫌う女の先生て時々いるからね。』




『・・・・・・・・・・・』




『でもまぁ、今日の様子やったら大丈夫そうやね。
結婚して二人の子供を育ててはるから人並みの苦労もしてるやろし。
学校の先生にしてはベッピンさんやから変なコンプレックスも無いし、
三船先生の旦那さんも小学校の先生をされてるそうやね?』




『いや、知らんけど・・・』




『そう?見た目より気さくな人やよ。
こっちが平身低頭で謝ってたらエラい恐縮して何から何まで全部喋ってくれはったよ。』




『なんで謝ったん?』




『なんでて・・・雅仁が学級委員長になってしもたからやがな!』




『それのどこが悪いのん?』




『アホやなぁ・・・エエ悪いの話と違うのよ。
人に支持されて上に立つ云うのは魅力がある証拠なんよ。
ただ、その魅力を妬ましく思う人も必ず居るということ考えなアカンよ。
出る杭は打たれるて言うでしょ?
急に目立つと面白くないと思う人達も増えるのよ。
昨日、アンタの話を聞いてたらクラスの生徒には相当人気がある云うのだけは解ったんやけど・・・
それを先生がどう思ってるかが心配やったのよ。
通知簿にオール5が並んでたらエエんやけど、実際そうと違うんやし。』




『・・・・・・・・・・・・』




『でも、あんまり関係なかったみたい。
三船先生曰く、今津君はクラスのムードメーカーだから皆の気持ちを明るくするし、
リーダー的存在で面倒見もエエそうよ。
少しばかり脱線するようですが、それは私が軌道修正すれば良いことなので・・・てね!
それにしても、他の先生にもウケが良いのには正直驚いたけどねぇー
結構ウマいこと立ち回ってるやんかぁー!』




『嫌な言い方するなぁー』




『ハハ・・・ゴメン、ゴメン。
まぁ、取り敢えずは援護射撃だけはしといたから安心して学級委員長に専念したらエエやん!』




『そうなん?・・・有難う。』




『はいはい、素直やねぇー』




『うん!それはそうと、なんで着物を着て来たん?』




『ん?着物?...それはねぇ、世間知らずの代表選手と会うには、それなりの格好や接し方が有るのよ!』




『世間知らず・・・て?』




『雅仁は、今そんなこと解からんでもエエのよ。
そのうち嫌でも解って来るんやし。
それより、これからは言葉遣いにだけは気を付けて皆から信頼されるように頑張って下さいよ!』




『わかりました!』





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-------------------------------------------------------------



オカンは「先生」と呼ばれる職業の人間に対しては、一種の差別意識があった。

 
自分が教職に就いていたせいも有るんやろうけど、人を見てくれだけで判断する連中が「先生」と名の付く職種に大勢いると思い込んでいた。

 

中でも「医者」や「政治家」それに「法曹関係者」この辺りはドブネズミの様に嫌っていた。



【清廉潔白】【質実剛健】を美徳とした祖父に育てられたオカンには、世間一般に蔓延る「不条理」をどうしても許すことが出来へんたんやろね。


 

せやけど...

 

もうちょっと融通を利かすことが出来てたら...

 

あんなに苦労ばっかりせんでも済んだのに...

 

て云うか...

 

あと少しだけでも「男」に対して寛容やったら...


 
人生の半分は笑てられたと思う。



厳し過ぎたもんなぁー 



オカンは「男」の基準をお爺ちゃんにした時点でアウトやったんや。



天然記念物は、鑑賞するもんであって、人生の規範になんかにしてしまうとエラい目に会うんよ!!




最後の最後で、やっとオカンはその事に気付いたみたいやった。

 

そら、遅過ぎたとは思うよ。


 
でも...気付かんよりは全然マシやもんねぇー







         つづく

              

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by funky-ts-kr | 2018-03-12 03:29 | 切羽詰まってバンドマン! | Trackback | Comments(0)

Jazz日記 in 「切羽詰まってバンドマン!号外」より《学級委員長のどこが悪いの?》

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       切羽詰まってバンドマン!

         ----号外----

      《学級委員長のどこが悪いの?》 


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当時、俺とオカンの二人は宝塚の小浜という土地に住んでいた。


俺が小学校1年生の三学期から移り住んだんですわ。


田舎丸出しの土地柄で「蛇や蜘蛛」には辟易したけど「亀や川魚」とはエエ関係に成れたんよね。



そろばん塾に通いだしたのが面白くてねぇー・・・


毎日、上達していくのが自分でも解るから楽しくて、楽しくて、仕方なかった。



気持ちが自由になってたせいか、学校でもアホなことばっかり言うてはクラス中の人気者に。



結局は、クラス委員や学級委員長を歴任することと成る訳やけど。



 学級委員長と云えば・・・



【オカン着物姿で陳謝事件 in 職員室/サブタイ;人気も実力のうち言うやん!!】の話をせんとアカンなぁ。



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俺が、初めて学級委員長になった時のことや。



正確に言うと、小学校3年生の二学期。つまり、夏休みが終って直ぐのことですわ。



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(よーし!やったぁー!圧倒的や!)


『うわぁーーーー!!今津君ばっかりやん!』


『ホンマや!なんやこれ!』


『すっごいなぁー』


『うん!凄いわ!』


『一学期よりはオモロなるなぁー』


『当たり前や!』


『ホンマ!一学期はオモロなかったもんなぁー』


『そら、しゃーないわ・・・』


『一学期なんか誰に入れたらエエのんか解からんもん』


『組変えしたばっかりやしなぁ』


『そやから、取り敢えず真面目そうな奴』


『そやから、山本にしたんや!』


『山本は真面目やもんなぁー』


『真面目!真面目!それだけは間違いない!』


『うん!それだけ、やったけどな!』


『他には無いんかい!』


『う〜〜〜〜ん』


『なんかあるか?』


『オモロないこと言わせたら誰にも負けへんやん!』


『そやな・・・悪魔みたいに退屈な奴やからな!』


『ウチのお母ちゃんに山本のこと言うたら、辞書で“退屈”て引いたら“山本”て出てきたて言うてたわ!』


『ホンマか?』


『うん!安全イコール退屈や!っちゅーてたわ』


『俺・・・カビとか見ると山本の顔が浮かぶんや・・・』


『揺れは無かったけど、何も起こらへん毎日て、ダメージが半端やないんやわ・・・』


『やっぱり、人間には笑いが必要なんよー』



 (なんか...みんな、口悪いなぁーメチャクチャ言うとるがな)


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この日は、二学期最初のホームルーム。


学級委員長を選出する日でもあるワケでして。


俺は「確実に狙いに行ってたから・・・」選挙での一方的な得票数を見て、ホッとした。


正しく【圧勝】ですわ。


早速、家に帰ってオカンに自慢たっぷりの報告をせんとアカンわ。キャッ!キャッ!


教育者の息子が学級委員長やもん・・・そら、喜びよるやろ・・・鼻高々やん!


(これで、しばらくはオカンの雷も落ちんやろ!へへぇー、やったー!)




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『オカン!喜んでくれるぅ?』


『なんや?どないしたん?』


『僕なぁ、今日のホームルームで学級委員長になったで!どや!』


『ん?・・・ええっーー?!なんやてぇー?!』


『せやから、学級委員長に成りました!って!』


『この子は!なんちゅうことを・・・
雅仁!アンタ!何したんや?どんなハッタリカマしたんや??』


『なんでやねんな!』


『わかった!賄賂の代わりに記念切手を配ったんやろ?切手帳、見せてみぃ!』


『なにを言うてんねんなぁー、正々堂々、クラス全員の選挙での結果やん!』


『成績と照らし合わせても、学級委員長には程遠いけどなぁー
ハハーン・・・さては、小ネタで稼いだ安物の人気やなぁ?』


『小ネタて・・・ドッジボールやっても最後まで残るんは僕やでぇー
算盤を弾いても一番早くて正確やし』



『そんな、実力の伴わん見せかけだけの人気で同級生を騙してからに・・・
呆れ返ってモノも言えんわ!』



『よーそんなこと言うなぁー。僕、誰も騙したりしてへんよ!』



『ふん!泥棒が自分のこと泥棒て言うか?』



『泥棒て・・・』



『解った!解ったから、もぅ何も言わんでエエ!一生しゃべらんといて!』



『エエッ?なんやねんなぁー』



『アンタは黙っとき!今から、今後の対策を練らんと・・・
まったく、この忙しい時にしょーもない問題ばっかり起こしてからにぃー!』




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それからもオカンの厳しい追及は止むことは無く。


俺の学校での言動や友達付き合いについて、洗いざらい喋らされた。


結局・・・ 


晩ご飯の支度に掛かるまで。


俺が帰ったのは昼前・・・せやから昼ごはんも食べてへん。


飯も喰わさんと「詐欺師呼ばわり」に永遠と続く「イチャモン」が
7時間ですよ!



曽根崎署の尋問やあるまいし、俺が、何を悪いことしたぁ?


クラスの人気者が学級委員長に成るんは、小学校やったら当たり前のことやん!


それを、やれ嘘で固めた生き方やとか、やれ人を笑かしてばっかりの能なし人生やとか。


挙句の果てには『ペテン師を育てた覚えはない!』やもん。



そして、オカンが出した結論やけど。




「選挙は無効!」


「改めて公正なる選挙のやり直し!」




  もぅ、メチャクチャですわ! 





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次の日。


給食が終って校庭でドッジボールをしている俺の目に飛び込んできたのは…


なんと!


校門から運動場に向かって颯爽と歩いて来る、着物姿のオカン。



(いったい...何しに来よったんや?)



俺は、一瞬、夢でも見てるんかと思いましたわ。






             つづく



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by funky-ts-kr | 2018-03-11 13:02 | 切羽詰まってバンドマン! | Trackback | Comments(0)

Jazz 日記 in 高見延彦列伝「八代亜紀との想い出より..」7

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   切羽詰まってバンドマン!

     ----第119号----

   《八代亜紀との想い出》 


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八代亜紀との演奏ツアーも慣れてくると同時に楽しみの方が多くなってきた。




本当に「心」から《八代亜紀ショー》を楽しんでいた。



でも...


ツアーにアクシデントは付きもの。



いつ、何が起こるか解ったもんじゃない。




_________________________________________


あれは、九州ツアーの時だったと思う。




夏の真っ盛り。




日中の気温もその夏のピークに達していた。





俺たちバンド一行は先に会場入りして各自トレーニング。




田舎町ではよくあることだが、この時の会場は中学校の体育館。




音響や照明が使う莫大な電力を学校全体のありとあらゆる所から引っ張って来ていた。




勿論、そんなことは八代さんも俺たちバンドも、そして漫才のセントルイスも知ったっこちゃない。


※ 《八代亜紀ショーには当時、漫才コンビのセントルイスが同行していた》



_________________________________________


いつも通りにファンファーレと共に幕が上がる。



一曲目から快調に歌を披露する八代亜紀。



(なんか、冷房の効きがもひとつやなぁ・・・)




隣の高見さんが俺の顔色を見て取ったのか。




『今津くん、今日は暑いね。こんな日もあるけど我慢して頑張りましょうね!』



『えっ?あ、はい!』





高見さんという人は時々、人の心を見透かすような事をサラリと言ってのける。



まったく、油断も隙もない。

__________________________________________


ショーが中盤に差し掛かった時。



急にバンドのサウンドに異変が起こった。



と同時に会場全体が真っ暗闇に。



(ん?な、なに?)



数秒後、体育館の電気が点灯した。




それまでの仮設照明が演出する豪華さは無くなり...



蛍光灯独特の間抜けな色だけがステージ...



いや会場全体を照らした。



完全に電源が落ちてしまったのだ!



八代さんはマイクで一生懸命に何か喋っていたが...



もちろん誰の耳にも聞こえない。



困った顔をこちらへ向ける八代さん...



泣き出しそうな表情に「どうしよう?」と読み取れた...その瞬間!!!




ピアノの与那城さんが何かを弾きだした。




すると、隣に座っていた高見さんがスクっと立ち上がり、ボサノバの名曲「コルコバード」のメロディを吹き出した。



そう!



与那城さんの弾いていたのは「コルコバード」のイントロだったんだ。


軽やかにテナーを吹きながら、高見さんは舞台のド真ん中まで歩いて行く!!!


そして、舞台狭しと踊りながらテナーを吹きまくる!!!


さっきまでの《八代亜紀ショー》が、瞬く間に《高見延彦ショー》に様変わりしてしまったのだ!!!



(え?なになに...これって、どーなってるの?)





ポッカーーーーンとした瞬間!



俺は叫んでいた!!!




『うわー格好エエー!』




思わず口から出た言葉はそれだけ。




電気を使えないベースが鳴らないのに気が付いた俺はベーストーンを吹き始めた。




それに呼応するかのようにサックス・セクションはハーモニーを付ける。



いつも主役の八代さんが立っている位置でサックスを吹いていた高見さんが俺たちの方を振り向き。



ニコッ!!!




俺は...マウスピースを咥えながら...
(格好エエ!!!)





いつのまにか...



「アコースティック・ジャズ・バンドの大演奏会」が始まっていた。

__________________________________________


そして...


「コルコバード」が終わった瞬間。



ピアノの与那城さんが弾きだしたイントロは。




なんと・・・




カウント・ベイシーの「ワン・オクロック・ジャンプ」だった!





   つづく

              

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by funky-ts-kr | 2018-01-14 23:38 | 切羽詰まってバンドマン! | Trackback | Comments(0)

Jazz 日記 in チック・コリアが肩を叩いて起こしてくれた/を書くつもりが...

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  切羽詰まってバンドマン!

    ----第65号----

《チック・コリアが肩を叩いて起こしてくれた/を書くつもりが...》 


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盛大に幕を開けた「チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエバー大阪公演 / 1974」



前年のラテン色の強かったバンドからロック色を前面に押し出した今回のバンド。




♬ズンズンチャ!♬ズンズンチャ!♬ズンズンチャ!♬ズンズンチャ!



♬ピロリロリン!♬ピロリロリン!♬クキャッキャー!♬クキャッキャー!




♬ハケトジャリー!♬チミョムレソー!♬ミョキュゴンバー!♬ソマケゴピュー!



♬ホレミ~ヤ!♬ホレミ~ヤ!♬イ~ワンコッチャナイヤンケー!!!



♬ツイデニ!ツイデニ!♬キャー!!!!!!!!




____________________________________


大阪に来て、こんなことされてもねぇ・・・



聴衆の殆どが付いて行けてなかった感じ。




レコードだけが唯一の頼りである日本のジャズファンにとって、当時の米ジャズシーンの
急激な変化に即時対応をしろと言う方がどだい無理な話。




なんせ、他所へ出張って因縁を付けては喧嘩を吹っかけ、戦争路線へひた走るアメリカと、
暴力反対を売り文句にゼニ儲け....

じゃなかった、高度経済成長路線をわき目もふらず真っ直ぐに走り続けてた日本ですもん。

 (山口組と越後屋?)




そんな日本とアメリカの音楽家や音楽ファンの考え方にも天と地ぐらいの差は出ますわな。




と申しましても、かなり前の話ですけどねぇ・・・



どないな頃かと申しますと。



『えーーーー!!時は元禄十五年!パン!パン!』



(いや、そんな前と違うけど・・・)



____________________________________


1960年代後半


北と南に分かれて、より一層の激しさを増したベトナム戦争。




戦火は広がったまま治まる気配すら無く、戦いは泥沼化の様相を呈しながら1970年代に突入。




アメリカ本土では反戦運動による社会不安や景気の混乱が国民の心に浸透し、その影響は音楽界にも飛び火して行った。




フォーマルな演奏形式のクラシックとは違い、時代をそのまま反映する音楽であるジャズにとって、目まぐるしく変わるアメリカの社会状況はジャズ界はもとより、主役であるジャズ・ミュージシャンたちの心にも大きな波紋を広げていた。





アメリカの影響をモロに受ける日本に於いても体制に反発する学生運動は盛り上がりを見せたが、桜田門の強大な力の前には到底、敵う筈もなく学生及び運動家の皆さん揃って「ブタ箱」へと移動。






一般社会やマスコミの大人たちになんやかんやと文句を言われながら、終息の一途を辿った。




(お昼のワイドショーでもスクエアな八代英太だけじゃなく、青島幸男中山千夏も投石する学生をボロクソに言うてましたわな...覚えてまっせー♡)






そんな日本国の学生運動も「連合赤軍」の凄惨な事件が明るみに出たりなんかして。




世に言う・・・




「総括」~

「リンチ」~

「浅間山荘での篭城」~

~「完全実況テレビ中継」~

~「赤軍派 VS 機動隊の銃撃戦」~

~「デカい鉄球で山荘ガッシャーン!」~

~「酷寒の中でカップヌードルをすすってた機動隊の皆々様に...」~

~「嫌っちゅうほどドツかれながら・・・」~

~「やっぱり、皆さん揃ってブタ箱行きー!」




多数の死傷者を出した割には実りの無い・・・





て云うか「武力衝突」っちゅうのは最悪のシナリオを以って終焉の時を迎えるのがスタンダードなんですなぁ。



____________________________________



そして・・・




1973年






ベトナム平和協定がパリで調印され、女郎屋の元締めであるニクソン大統領は出兵させた
アメリカ軍をベトナムから撤退させた。






と申しましてもですねぇ・・・この後もベトナム戦争は続き、1975年までイケイケの連中が
北と南に分かれて真っ向からガンガン殺り合ったんですから・・






いやはや、もぅエエ!っちゅう位、根が深かったんですなぁ・・・この戦争は。



____________________________________



一方、我が国では・・・




「四畳半襖の下張事件」で作家・野坂昭如がパクられたり・・・



「としごろ」で山口百恵が歌手デビューしたり・・・




ならず者集団・読売巨人軍がセ・リーグ9連覇をゴリ押しした報いとして善良なる阪神ファンから神聖なる鉄拳制裁を巨人の選手だけでなく、なんと太っ腹!

取材陣にまでプレゼントされたり・・・と・・・ハハ(汗)





(ガラ悪ぅー!...まぁ、エエか)


____________________________________



そんな、1973年ですわ。




ふぅー   ( ゚Д゚)y─┛~~




さて!



ベトナム戦争からシレーっとフェーズアウトした、米帝国!



アメリカ・ジャズ界に目を移してみると・・・




ジャズ界の帝王マイルス・デイビスがロックビート一色の「ビッチェズ・ブルー」なんかを世に出しまして・・・


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『グルグルグル~・・・お、俺のデカいグラサンがよぅ、げ、げ、現代ジャズの証なんじゃー!』と、「犬神家の一族」のスケキヨばりの嗄れた声でマイルスがうめいたかと思うと・・・




『何を言うてまんねん!あんたのグラサン、どっからどう見ても仮面ライダーでんがな!!!』と、大声で一発カマしたウエイン・ショーターは、かねてから目を付けていたゲーハーのジョー・ザビヌルに言い寄って「ウエザー・リポート」を結成すると、サッサと録音に取り掛かる始末。






『ええー、そうなん?じゃぁー、ぼ、僕も・・・やってイイよね』

そんな気の弱いチック・コリアは、訳の解らん「サークル」と云う前衛バンドを解散して、マイルスバンドスタン・ゲッツのバンドで一緒にピンハネされながら、コキ使われていたメンバー達に片っ端から電話を掛けまくって・・・





『ねぇ、僕さぁ、今度バンド作ろうと思ってるんだ!ううん!今度のはハチャメチャじゃ無いよー!だからさぁ、もし良かったら一緒にやんない?』



『僕...ピンハネなんかしないしね。だから、だから、安心してイイんだよ!』



『ねぇ・・・いいでしょ?』




とまぁ、強引に「リターン・トゥ・フォーエバー」をレコーディングした。


a0214566_16064264.jpg


かつての兵隊が活躍し出した事を知った帝王マイルスは・・・



『ぐ、ぐっそー!あ、あ、あいつら、俺のおかげで有名になれた事も忘れやがって・・・

お、俺のこのデカっーーーいグラサンがぁ~~~だ、だ、だ、黙っちゃいねぇ!覚悟しやがれ!』




相変わらずのスケキヨ声で憤懣やるかたない帝王ちゃんは、取り敢えず、子分のハービー・ハンコックを拉致し、イリノイ州の地下倉庫に監禁状態にしているうちに・・・




ア~ラ不思議!アラ不思議!




机の上には、かの問題作「オン・ザ・コーナー」が出来上がっているではあ~りませんか!


a0214566_16070973.jpg


そんな事とは露知らず・・・電気楽器の導入に異を唱える孤高のピアニスト、マッコイ・タイナーに至っては・・・




『おまーりゃ、な~んも解っちゃいねーべさ!』
質流れ品の琴を見つけて嬉しさのあまりヨダレが止まらなくなっていた。




そして・・・



彼は「サハラ」を録音する時に『ジャズに電気なんぞ要らねーだ!』と大声で叫びながら何を思ったのか、サックスのソニー・フォーチュンの土手っ腹を蹴り上げたのだ!!!


a0214566_16073969.jpg


驚いたのは、バンド・メンバーの仮登録を終えたばかりのソニー・フォーチュン



腹を抑えながら『おめぇー!なにするだ!』と怒ったフォーチュンの目に飛び込んで来たのは・・・



琴を小脇に抱えて、アフリカ民謡「ケニアの大漁節」の唸り声と共にスタジオ狭しと踊り狂う孤高のバンドマン!


孤高のバンドマン「マッコト・イナタイナー」の勇姿であった。


......................................................................................................................................................




そんな、糞ややこしい場面に靴音高く現れたのが・・・




「メガネのパリ・ミキ」
御用達ミュージシャンで有名なピアニスト、ハービー家の貰われ子・ハンコック!!






『ワシら、アフリカ回帰とか言うてる場合じゃ無いじゃろがぁ?
おぉ!今はよぅ、アメリカの銭で飯食うとるいうんを忘れとりゃせんか?のぅ!』




『おーーー!誰かぁ思うたら、ハンコックじゃないのー!おまぁーマイルス部屋に監禁されちょったんやねーべさ?』




『おぅ!あのマイルスのオジキの変態趣味には敵わんわい!わしゃ、愛想も小想も尽き果てたけぇのー!』




『はぁーーーー!いんやぁー、なぬすろ無事で良かったげなぁー!ギョへへー』




『それよりのぅ、マッコイ!わしゃのぅ、この前【セクスタント】っちゅうレコードを吹き込んだけぇ、聴いてくれぃや!のぅ!』



a0214566_16081567.jpg

『ひょやぁー!そんたらことぉー!はぁーーー!聴くべさ!聴くべさ!』





『しかしのぅ、これからはゼニ儲けの時代じゃけぇ!今年中にウレ線バンドを結成してのぅ、もぅ一発レコーディングするけぇ!
まぁ、見ちょれ!題名はのぅ・・・
【ヘッド・ハンターズ】っちゅうんどぅー!のぅ!どがいじゃ?』



a0214566_16085086.jpg

『銭っ子かぁ・・・けんどよぅ、ジャズっちゅうのはだぎゃー・・・つんまりは、アフリカ回帰んではねぇべさ?』




『バカこのぅー、いつまでも物々交換しとってどぅするんない?白人のオナゴをキャー!キャー!言わして銭を稼ぐんじゃ!ほいでよぅ、ウマい飯喰って、マブいスケ抱いて、ワシらその為に生まれて来たんじゃけぇー、のぅ!』




『そ、そ、そんなこと・・・オ、オラにクッチャべっても・・・』





____________________________________________________
____________________________________________________



『ん?・・・あんた・・・確か・・・チック・コリアのコンサートで寝てる所を出演者である
チック・コリアに起こされたんと違うかったん?』



『そうやけど・・・』



『そうやけど・・・や無いがな!早よ、その話せんかいな!!デタラメばっかり並べてんと!!』



『ま、まぁ、そんなに急かさんとって・・・』



『なにぃー!!!ほな、埋めよかぁー?』




『・・・・・・・・・・・・・・・・・』



   (汗・・・)





   つづく

              

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by funky-ts-kr | 2018-01-14 15:48 | 切羽詰まってバンドマン! | Trackback | Comments(0)

Jazz 日記 in 高見延彦列伝「八代亜紀との想い出より..」5

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   切羽詰まってバンドマン!

     ----第100号----

   《八代亜紀との想い出》 


■■■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□■■■


「Soul Step New Sounds」




「ソウル・ステップ・ニュー・サウンズ」




新編成されたビッグバンドの名前である。




ハハ・・・(汗)




それにしても・・・




欲張りな名前ですなぁ。




誰が付けたんや?



と思っていたら。




バンマスの吉澤さんが考案して来たバンド名(ドッタラコッタラ・ニュー・オーケストラ)に物言いが付き、メンバーみんなの意見を総合して命名された、という話・・・らしい。




ん?



(なんか、怪しいな)と感じた俺と坂本っちゃんでメンバーに聞いて回ったら。




「吉澤さんの考えた名前がダサい!」と、物言いを付けたのは、このバンドのスタープレイヤー高見さんだった。




メンバーみんなの意見と云うのは、高見さんの「物言い」をニコニコ笑いながら横で相槌を打ってたピアノ&アレンジャーの与那城さん、の事らしい。




そして、言うまでもなく、意見を総合して命名したのは高見さん!





その現場に居合わせたボーヤ(バンドボーイ/ミュージシャン個人の弟子では無く、バンドそのものに付いた弟子のこと)の健二が喋った内容が余りにも可笑しくてバンドのメンバーは勿論のこと、この時の様子が関西のバンドマン連中に知れ渡るのに二、三日掛からんかったんやそうで。




(ホンマ・・・バンドマンは「喋り」が多いわ・・・)

_________________________________________

『そんなこと言われても・・・』



と、口を尖らせ+小声+ブツクサ+半泣き+状態キープがバンマスの吉澤さん。



『なんでもエエから、ワシの言うこと聞きなはれ!』(高見親分)



『ククククク』(与那城の叔父貴)




『なぁ!与那ちゃん!今時、ニュー・オーケストラて、戦前のバンドや無いんやからー。

第一やねぇ、ウチのバンドは4番トロンボーンと4番トランペットが居りまへんねんで。

そんな歯抜けのバンドにオーケストラて・・・

恥ずかしないんでっか?大嘘吐いて!

ワシは嫌でっせーハッタリカマしながら後ろめたい思いするんは!』



『ククククク』




『それより、ニュー・オーケストラの前に付いてるそのドッタラコッタラ云うんは何でんねん?
ええっ?恐ろしいセンスしてまんなぁー!





『ククククク』




『もぅー!ビックリしますわぁー!吉澤はん、あんた何処で生まれなはったんや?ハルピンでっか?それともシベリアでっか?


満州事変とか知ってるんやおまへんかぁ?あんた一体いくつでんねん?

戦後の生まれとちゃいますやろ?』



『クゥーーーー!!クックックックククク』




『ようそんな田舎臭い名前が思い浮かびまんなぁー!

ええ?

この様子やとオチオチしてられへんわ!

それこそ、ワシ等ステージで演奏するのにどんな格好させられるか今から気が気や無いわ!

まさか、シルクハットに燕尾服ちゃいましゃろなぁー?

言うときまっけど、ワシ等チンドン屋で雇われたんやおまへんねやから・・・』



『クククゥーーー!!!クワックククククーー!!!



『ホンマ、解ってんのかいなー

もぅ、ワシ・・・なんか嫌んなって来たなぁー

これ以上オカシなこと押し付けられるんやったらワシ辞めさせて貰いまっさかいな!』




『ほらほら、高見やん辞める言うてるでぇー・・・なぁ、吉澤ちゃ
ん、このバンドのスタープレイヤーが居らへんようなったら
困るんは君やで、ん?ちゃうか?』





『与那城さん、ほな、僕、どないしたら宜しおまんのでっか?』
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何の罪も無いバンマスの吉澤さん・・・


いや、誰にも相談せんとバンド名を決めた時点で「犯罪者」になってたんやろねぇ。



可哀想に・・・


まぁ、でも...しゃーないですわなぁー


バンドの世界は「上手い者が正義」やから・・・




   つづく

              

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by funky-ts-kr | 2018-01-14 06:10 | 切羽詰まってバンドマン! | Trackback | Comments(0)

Jazz 日記 in 高見延彦列伝「八代亜紀との想い出より..」5

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  切羽詰まってバンドマン!

    ----第99号----

  《八代亜紀との想い出》 


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俺は、この新しいビッグバンドの入団テストに目出度く合格した。




ひょっとしたら、今まで受けたテストの中で一番の成績やったんと違う?




そらそやわなぁ・・・




なんせ、生まれてこのかた、あんなに楽譜相手に真剣になったんは初めてやったもん。




イイ演奏をするとか、どったらこったらよりも隣にいる高見さんを怒らさんように身体中の全神経を集中させて演奏したんやから。




エラいもんで・・・5人のサックスが奏でるメロディ&ハーモニーは完璧に一つになってました。




それも、メチャ難しいカウント・ベイシー・オーケストラの譜面のサックス・ソリ辺りがよ。




吹いてる俺自身がサブイボ(鳥肌)立ちまくってたんやから。




『ヒャー!このバンドのサックス・セクションは超一流やねぇー!!』




ドラムセットの位置から吉澤さんのデカい声が聞こえてきた。




その声を遮る(さえぎる)ように高見さんは後ろを振り返り・・・




『ふん!当たり前でんがな!サックス・パートは関西で一番エエのだけを集めはったんでしょ?他のパートと一緒にされたら困りますわ!』




(うわぁー・・・気ぃ強いなぁー・・・また、デカい声やぁ・・・ハハ・・・)

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『これから宜しくね!なんや楽しくやって行けそうやし、ねっ!』



『はい!』





別れ際の高見さんの言葉が意外なほど優しく響いた。



此の日の高見さんは終始「紳士的」で、俺の方が恐縮するほど。



噂で聞いていた「乱暴者」という雰囲気など微塵も無く、どちらかと言えば、気の利いたジョークを飛ばす知的なセンスの良いミュージシャンといった印象。




ただ・・・蒸せ返るような「ジャズの匂い」と、迸る(ほとばしる)ような「今を生きるエネルギー」には圧倒されたけど。



後にも先にも初めてですわ、あんな人。

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高見さんたち先輩ミュージシャンと別れてから、俺と坂本っちゃんは一杯呑みに行くことになった。




『今津ちゃん、高見さんに気に入られたみたいやんか、なぁ、良かったやん!』




『うん、なんか解からんけど、ずーーっと笑てはったし・・・』




『あの人が機嫌エエのん見たん初めてやわ。て言うか、高見さんの笑顔て・・・なぁ・・・あんなに笑う人やったとは・・・』




『はぁ?』




『3番ラッパの奴もビックリしてたわ。“さっき、高見さん、笑ってましたよね?” て・・・なんか、目の錯覚かと思ったんやて』




『・・・・・・・・・』




『いや、何回か一緒に仕事してるんやけど、高見さん、いっつも苛ついてはるから、みんなビビってしもてるし・・・勿論、僕もやけど』




『・・・・・・・・・』




『控え室では、他のメンバー居るのにバンバン嫌味言うてるし、それも聞こえよがしに・・・そんで、ステージでは4番テナーをガンガン蹴ってるし・・・テレビの撮りでも全然関係ないんよぉー』




『それそれ!今日もいつ蹴りが入るか、もぅ高見さんの左足が動かへんか、気になって、気になって、しょーが無かったわ』




『僕、高見さんが両足動かさんと演奏してるの見たん初めてやわ。トップラッパの仲川さんも、そんなこと言うてはった』




『う~~~~ん、なんか解からんようになって来た。さっきまではメチャクチャ緊張してたし・・・う~~ん、なんやろ?』




『それはそうと、自分、八代亜紀のバックバンドの話はエエのんか?』




『あっ!そやった!』




『カハハハハハーー!!!忘れてはるわ、この人』




『ああ、どないしょー?』




『まぁ、エエやん!八代亜紀のショーはメッチャ楽しいんやから!他のその辺の歌手なんかとは比べもんに成らへんよ!いや、ホンマに!』



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高見さんの事で頭が一杯になってたお陰で、八代亜紀の話がどっか行ってしもて・・・



でも、俺の心の中ではもぅそんな事どーーでも良くなっていた。



       つづく

              

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by funky-ts-kr | 2018-01-14 05:46 | 切羽詰まってバンドマン! | Trackback | Comments(0)

Jazz 日記 in 高見延彦列伝「八代亜紀との想い出より..」4

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     ----第98号----

   《八代亜紀との想い出》 


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「オバはん的ビャンドミャン」に「でも&しか的ビャンドミャン」




こんなのと同じ空気を吸いながらイイ演奏家になれと云う方がどだい無理というもの。




朱に交われば赤くなるの諺どおり、すーぐ真っ赤かに成ります。




だって、その方が楽なんだも~~~ん。




俺がバンド業界に入った頃にはバンドマンの絶対数も限りなく多かった。





従って、良いミュージシャンの数も多けりゃ、ヒドいのもそれはそれは沢山いた。





どんな世界も一緒だと思うが、名実ともに第一人者の地位で輝いているのはホンの一握りで、
残りの90%近くは何かが欠けている輝けない大勢の人間で占められている。





関西バンド業界にも超一流のミュージシャンは居たが、それこそ「雲の上」の存在でしか無かった。




喫茶店や楽屋の噂話にはしょっちゅう登場するが、一体全体どこで何をしているのやら見当も付かなかった。




会ってみたいという気持ちと、なるべくなら会いたくないという気持ちが調度、半分半分。




ん?




ああ・・・





噂話の中に登場してくる「雲の上」の大御所ミュージシャンには、必ずと言っていい程「メチャクチャ恐ろしい人」という形容がオマケで付いていたからね。





そして、その中でも「テナーの高見さん」には「怖い」だの「恐ろしい」だのという形容詞に加えて、「乱暴」「無法」「獰猛」「凶悪」「粗暴」などといったキラビヤカな名詞のオマケまで添付されていた。



高見さんの名誉にかけて言うが...


上記の形容詞、及び名詞はあくまでも「噂」の域を出ない!


後で知ることに成るが、高見さんは教養溢れる人物であり、あらゆる発想において天才的な方である。


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『もぅー、デカい声出さんといてぇなぁ・・・ビックリするやんかぁー』




『せ、せやけど、今、言うたやん!テナーの高見さんが、どったらこったらて・・・』




『どったらこったらや無いがな、大スターの高見さんやでぇー今津ちゃん、勉強になるやん、なぁ!』




『ちょ、ちょ、いや、あのね、勉強て・・・あっ!ひょっとしたら、高見さんてセカンド・テナーで来はるんと違う?』




『あんなぁー、もぅ・・・テナーのポジションはセカンドと4番の二つしか無いんやで。
今津ちゃんが4番で引っ張られてるんやったら、高見さんがセカンドに決まってるやんか!』




『あ、そうか・・・』



『フフ・・・何やったら、今津ちゃんがセカンド吹いたら?高見さんには4番に回って貰て。豪勢な4番テナーやけど、ッププ』




『なにがオカシイのん?』




『いや、いっぺんでエエから見てみたいなぁーて思てな。若手ナンバーワンで売出中の今津ちゃんの横で4番の譜面を吹いてる高見さんの姿・・・』




『想像できる?』




『うん、でも、4番の位置からやと蹴り入れるんが大変やわ。ほら、そやろ?こうしてやなぁ、右足で蹴らなアカンから、面倒臭いなぁ・・・うん、やっぱり、いちいちテナーを上げてから、こうして、ドーーーンっちゅう感じかな?カカカー』





坂本っちゃんの下品な笑い顔を見ながら、ふと、帰ったろかな?と思った。



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ロビーのドアが開いてサングラスのチリチリパーマの顔が見えた。




『ああー!ここに居ました!ラッパとテナーの二人です!』




ホールに向かって言ったと思ったら、『自分ら、こんな所で休憩してんと早よこっち来んかいなぁーもう皆さん集まってはるんやで!』




『あ、すんまへん!今そっちへ行こうと思てたとこですわ!』




(嘘吐けー!ホンマ・・・坂本のヤツ・・・エエ加減なことばっかり・・・)




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ステージにはビッグバンド用の譜面台がセットされていた。




俺が一番端っこの譜面台の前に立っていると、浅黒い顔をしたザンバラ髪の真ん中分けの人が近寄って来た。




『テナーの人ですね?僕、高見と云います。宜しく!』




『はい!今津雅仁と申します。宜しくお願い致します!』




『ハハ・・・そんなにしゃちこ張らんと・・・オモロイなぁ・・・』




『はい!』




『どうぞ、横に座って下さい。』




『はい!お邪魔致します!』




『ハハ・・・若いんですよね、確か。』




『はい!19歳です!』




『うわぁー!若いなぁー!イイですねー!ハキハキしてますねぇー!』





(ん?なんやぁ?礼儀正しい人やなぁー)



(それに...あんまり怖いことないし・・・)




そう...



この時はね。






        つづく

              

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by funky-ts-kr | 2018-01-14 05:23 | 切羽詰まってバンドマン! | Trackback | Comments(0)