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2005年5月
サックスの生徒…
といっても50代後半の秋本さんの次男が首を吊って自殺したって言うのを聞いて、ここ福島県の信夫山の中伏でSMAPの曲を吹いてるんだが。
何度メロディ繰り返し演奏しても私自身の心に響いてこない。
(なんか違うな…)
降りしきる雨の中でビショビショに濡れているのも気にならないほど、自分の奏する音が気に入らない。
そりゃそうだ。
故人がいくら好きだった曲とはいえ、私にとっては何の思い出もない。
私自身が感動しないものを聴いている親たちの心に届くものなど有るはずもなかろう。
(ええい!これで行ったれ!)
私の母を持って行ったあの忌まわしき阪神大震災の合同慰霊祭で少年少女の合唱団が歌った曲
(故郷/ふるさと)だ。
この曲には様々な思いがあり、ほとんどトラウマになっていて演奏はおろか聴くことさえ辛くなっていた。
デイケアセンター慰問でもこの曲を演奏したことはなかったが、十代で若い命を絶った息子を悔やむ親の気持ちを考えると俺の心情なんかどうでも良くなった。
おもむろに「故郷」のメロディを吹き出すと秋本さん夫婦と長男夫婦の嗚咽が聞こえだした。
案の定、私も涙をこらえることが出来なくなり、音も震えだしたが。
『素人のあんたが吹いて息子が喜ぶか?俺が吹くから任せときなはれ!』と啖呵を切った手前、ちゃんと演奏しないとプロの看板を外さないといけなくなる。
繰り返し吹いているうちに親族たちの嗚咽が号泣に変わり、私のサックス音よりも大きく響いていく。
信夫山を濡らす雨も一緒になって死んでいった若者の儚い命を憂いているようにも思えた。
『もう、終わりましょか?』
『先生、ありがとうございました』
その後、四十九日ということで一席もうけていると言うので連れて行かれた個室で改めて高橋さんから紹介された奥さんと長男夫婦。
明るい性格なのかハキハキと話すこの長男を私はいっぺんに気に入った。
冷え切った身体に温かい酒が滲みていくうちに次第に気分も良くなってくる。
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『なんや君、デイケアセンターで働いてるんか?』
『はい』
聞けば、小さい頃からやんちゃ坊主で喧嘩に明け暮れていたらしい。
その手の荒んだ男の行き着く場所といえば。
「少年院」
2年も入っていれば、筋金入りの悪党にもなれる寄せ場である。
少年院や刑務所が更生施設だなんていう「夢物語」を信じている人が居るから世の中が良くならない。
だが、その落とし穴にも、たったひとつだが救いの道はある。
それは「無償の愛」だ。
人にもよるが、金持ちには縁のない尊い心…
秋本さんの長男は運が良かった。
彼の出所を待ち続け、面会は当然のことながら差し入れにも事欠くこともなく。
ひたすら彼の更生を願い一心に自分のすべてを捧げたのが、隣に座っている若い妻君だった。
『エエ話やなぁー奥さんに頭上がらんやろ?』
『はい』
『君なぁ、さっきから「はい」しか言わんけど刑務所で言葉忘れたんか?』
『いえ、少年院です』
『似たようなもんや、それで何人殺したんや?チャカか?ボントウか?』
横でゲラゲラ笑い転げる奥さん。
こういう生真面目な青年をイジるのが大好物な私を止める人がいたら一度お会いしたい。
自分でも呆れるほど喋りまくっている。
『しかし、言動も真面目やし、シッカリした顔つきやし、そのキレイな目で見つめられたら抱かれてもエエっちゅーう気持ちになるもんなぁー』
『そんなに褒められても…』
『誰が褒めてるねん、話は最後まで聞かんとアカンがな、いやそのペテン師まる出しの顔で何十人の善良な市民を騙しまくったんや?っちゅーてんねや!』
『はぁ?』
『いや、せやから、どっからどう見ても連続殺人犯には見えんもんなぁー』
奥さんの笑いは止まらない。
『ヒーヒー!死ぬぅー!助けてぇー!』
奥さんにつられて秋本さん夫婦も大笑い。
亡くなった次男には悪いが、この世の中は生きてる者のためにある。
いつまでも死んでいった君を悲しんでいては残された彼らが可愛そうだ。
私がいつも言う…
「音楽より笑いを優先する!」
悲しみがあるからこそ、笑いが必要なのだと信じている。
異論があるなら言ってくれ。
悲劇をねじり倒した私が相手になってやる…とか、直ぐに喧嘩腰になる性格だけは治さなければいけないのだが。
久しぶりに心地よく酔っ払ったのだろう。
『よし!デイケアの安い給料で働いてる君のためや、慰問演奏に行ったろか?』
『ええ、ホントですか?』
『なんや嫌か?ほな、やめとくわ』
『いえ、是非来て下さい!』
『わかった!いつがエエ?』
『来月とかはどうでしょう?』
『かまへんで、ほな段取りつけてくれるか』
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笑い声が充満する個室で私は満足していた。
(泣くだけ泣いたからやろな、みんなの顔に微塵も悲しさが無くなっとる)
人は理屈で生きてるのではない、その時その時で変わる状況に対してどう生き抜くか。
簡単に生きようとするほど生きづらくなる。
音楽家として生きていくなら喜怒哀楽を表現できて当たり前だし、人の心の中に土足で入っていく厚か
ましさも必要だ。
抜き差しならぬ状況にこそ音楽の真価が問われる。
銃や暴力に勝つのは美しく澄み切った心しかない。
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『ほな、そういうことで』
『先生、今日は本当にありがとうございました、これで次男も』
『まぁ、よろしいがな、それより秋本さん、気落ちしたらアカンで!』
『はい、わかっております』
『頭で分かってても、心は別や!シッカリ前だけ向いて、サックスの練習もちゃんとしてや!』
その後ろで長男が。
『先生!ありがとうございました!』
『誰が先生や?君みたいなヤクザもんを生徒に持った覚えはないで!』
『もう、勘弁してくださいよー』
『ハハハー!今津さんって言うてくれ、先生、生徒の成れの果てっちゅーやろ?先生っちゅーのは差別用語や!』
『解りました、では慰問の方はまた連絡しますので』
『そやな、日にちさえ分かったら準備にかかるから』
『準備?』
『まぁ、エエがな、それでは皆さん、失礼します!』
デイケアセンターでの慰問演奏には信じられないくらいのエネルギーが要る。
一時間、テナー・サックス一本でのソロ演奏に加えて戦前戦後の流行歌を諳んじてなければ成らない。
デイケアに集まるお年寄りは私達が考えている以上に耳が肥えている。
そのへんの大学生やアマチュア辺りが「慰問演奏」と称してやってくるのがどれだけ迷惑な行為かを理解していなければいけないのだが、言っても仕方ない。
いつの世も一緒だ。
研ぎ澄まされた演奏の邪魔をするのはド素人のお遊び事なのだが、プロとアマチュアの境界線をなくしたのはプロの方なのだから文句は言えない。
悲しいが、プロの演奏家の生きる道は閉ざされたと思う方が気が楽になる。
愚痴はこのへんで...
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帰りの新幹線の中、思った以上に疲れているのを感じた。
ふと
『これで良かったのかな…』
『まぁ、考えてもしゃーないかぁー』
気を使って喋り過ぎたせいか、声が枯れていた。
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つづく