カテゴリ:プロフィール( 1 )

プロフィール

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 ― 今津雅仁(テナーサックス奏者/作曲家) ―

  

神戸市出身



1974年
17歳でプロデビュー。


1980年
渡米。 


1981年
上京。



1983年 
3月 都内にてファンクラブが発足。
     
7月 日本全国コンサートツアー敢行。


1984年 
六本木ジャズクラブ【ルート66】にてアート・ブレイキーと共演。


1987年 
9月 初リーダーアルバム
【The Sax Appeal "VOL.1"】制作、発表。


1988年
2月 アルバム
【The Sax Appeal "VOL.2"】制作、発表。

5月 アルバム
【第3集/It's Too Bright】制作、発表。


1989年 
10月 FUN HOUSEよりメジャーデビュー・アルバム
【MASATO】をリリース。




1990年 
1月 アルバム【MASATO】《第23回日本ジャズ大賞》を受賞。
(新人としての受賞は史上初の快挙)

4月  アルバム
【WHAT'S A MELODY】をリリース。

5月 大阪フィルハーモニーオーケストラとのジョイントコンサート。

8月 【マンハッタン・ジャズ・クインテット&今津雅仁FUZZ MOTIN 】ジョイントコンサート。

10月 土岐英史、宮ノ上貴昭などのゲストを招いてのアルバム制作。

アルバム【He Said...】リリース。

12月 ジャズ評論家が選ぶ日本ジャズマンの投票開始。

【日本ジャズマン部門】【テナーサックス部門】
【作曲家部門】 【グループ部門】 4部門のポールウイナーに輝く。



1991年 
1月 アルバム【He Said・・・】
《第24回日本ジャズ大賞制作企画賞》受賞。

10月 日本のトップドラマー日野元彦を迎えレコーディング。

アルバム【HARD TIMES】リリース。




1992年 
1月「新春ブルースイベント・上田正樹&憂歌団 7days」にゲスト出演。

10月 オルガンをフユーチャーした”アシッド・ジャズ”の先駆けとなったアルバム
【STICKY】
をリリース。




1995年 
阪神大震災で罹災した故郷の為にボランティア・コンサートやチャリティー・ライブ等、義援金集めに奔走する。
しかし、自身も母を亡くした心理的ショックから強度の鬱病を発症する。

12月、事実上の引退。



1998年 
音楽関係者、ジャズ評論家、ファンの後押しで今津の復帰企画が始まる。

10月 渋谷にて「今津雅仁&FUZZ MOTION」の復帰コンサート。



1999年 
2月 復帰アルバム録音の直前に交通事故に遭遇、緊急入院。

入院先の栃木県那須塩原市に転居。

ジャズ界を完全引退。




2000年 

7月 復帰アルバム「THE RETURN OF MASATO」をリリース。

9月 日野皓正とのジョイントコンサートを切っ掛けにジャズ界へカムバック。




2004年 

栃木コンサートホールにてエディ・ゴメス・クインテッットにゲスト出演。



2006年 
11月 東京都内での演奏活動を再開する。
この頃から、韓国ジャズシーンに興味を持ち始める。



2009年 

6月 韓国ソウルに単身で赴き、地元のミュージシャンたちと初のライブを敢行。

10月 再び韓国に渡り、韓国の一流ミュージシャン達とライブの仕事を重ねる。

11月 ソウルにて韓国経済雑誌「シサイン」から取材を受ける。

12月 ソウルにて「東亜日報新聞」から取材を受け、翌年掲載される。

12月 帰国。



2010年
 

10月 ソウルにて公演。



2011年 

3月 

「今津雅仁/一人旅 in 九州」を再開する。

12月 

「今津雅仁/クリスマス in 九州」

2012年

9月 
「今津雅仁/一人旅 in 九州」

2013年


    
2014年
10月 盟友、吉岡秀晃とのオリジナル・ユニット再結成。


2015年
九州各地を始め、北陸、静岡への演奏ツアーを再開する。


2016年


現在、新宿ドルチェ楽器・ドルチェ・アカデミー、その他東京都内各所にて後進の指導に全力を傾けている】 


         




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by funky-ts-kr | 2011-06-04 21:46 | プロフィール | Trackback